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みなみた日記

今日、かんじたこと


坂下秀実さん 2006年03月05日(日)

 坂下秀実さんが4月20日のライブには共演してくれます。私が音楽に気づく何十倍も前から音楽をやってた人です。
 先週、初めましてのリハーサル。エッジの利いたピアノ。春休みの教室みたいなオルガン。
 3曲しかリハしなかったけど、早く次の曲やりたい欲が沸いてきてます。
 この季節に出会ったのも相乗効果で、(春待ち月……と言う意味)今日みたいなぽかぽか陽気の日は、『以前1人でやったHardな曲をオルガンで……』等と
ひとり空想に耽っています。
 ああ、歌は私をどこまで連れて行ってくれるのでしょう。

勝山泰佑さん 2006年02月28日(火)

 勝山泰佑さんという写真家が私を撮ってくれることになった。
 勝山さんはドキュメンタリーの写真家として活躍されている方です。
 ボブ・ディラン、ジェーン・フォンダから瀬戸内寂聴さんまで、ご自分の選んだ被写体を、ときに20年以上もかけて撮り続ける写真家です。
 そんな人が今年から、「南谷朝子」を被写体に、何年かかるかわからない作品を撮る。
 これは『撮られる南谷朝子』の方もいつもとは違った自分に気づいていくような気がします。いつもを撮ってもらうんですが、そのいつもがいつもとは違う……禅問答みたいですね。やめときましょう。
 ともあれ、昨日は4月20日の吉祥寺マンダラ2ライブに向けてのリハやってる私を勝山さんが撮っていたわけです。
 カメラを持つ勝山さんは普段喋ってる時と明らかにテンションが違ってただそれは被写体(私)が身構えてしまうテンションではないので、そこが不思議。
 被写体を自然にさせるテンション、とでも名づけましょうか。
 知り合うことができたことを、幸せに思っています。いまは。

鎌倉研さん 2006年02月18日(土)

 鎌倉研さんのライブに行きました。
 関西フォークの重鎮で、声と歌う姿は一度見たら忘れないくらいインパクトのある歌い手さんです。
 ファンの人々もコアな感じで、会場は熱気にあふれてました。
 お喋りから歌に入っていくリズムが自然で自然で……
 私には到底出来ない芸当を、私はもう感心して見ていました。私は「僕」で歌う歌が多いんですが、研さんは「あたし」で歌う歌も数多くあり、だから、二人でライブやったらお客さんが楽しんでくれるんじゃないかなあ、と夢想もする私でした。

天窓で歌うと 2006年02月12日(日)

 いつも私は『戦闘的』になる。
 去年から4回目だけど、いまだに私を戦闘的にしてくれる魔力を持ったこのライブハウスを恐くも、愛しくも思うようになった。(スタッフの皆さん、ありがとうございます)
 きのう対バンだったのは全員男の子。
 今の20代は「優しい」表現を持っている男の子が多いんだなあ、とぼんやり思った。
 面白かったのはトップバッターの清水雄一郎くん。日本中をきままに旅してるみたいだけどその豊かさが歌に出てて聞いてて暖かくなれたなあ。
 そこで又我を振り返る。
 私は自分が燃えて、火を吐いてその熱でしか皆さんに触れられない。
 そんな方法で人を暖かくしたいと思って「戦闘的」を選んでいるんです。
 特に天窓に来ると感じる自分の姿勢について……語ってみました。

東京でも歌い始めました。2006年。 2006年02月08日(水)

 今年の私は『音楽』という船に乗っています
 昨夜はその船にお客様も一緒に乗ってもらってクルーズしました。
 急に決まったワンマンなので、すごくゆったりやらせてもらって。
 おしゃべりも沢山してしまいました。
 私の中に少しずつですが私の未来形が像を結びつつあります。
 みなさん、クルーズしましょう!

長崎はランタン祭りでした。 2006年02月06日(月)

中国の旧正月の時期にあわせたお祭りです。
江戸時代に唐人街があったあたりを夜散歩しました。
坂と猫のにおいとランタンのぼんやりした灯りが、タイムスリップを起こしました。
タイムスリップって、記憶の中にあると思いません?
『デ・ジャ・ヴ』もしくは『ァ・プリオリ』・・私の細胞のどこかが覚えている風景。
明日はそんなものを沢山抱えて歌おうと思ってます。お楽しみに。

長崎は 2006年02月02日(木)

 或る意味あったかく、或る意味厳しく私を迎えてくれました。
「歌う」という意味では私の10倍以上先輩の知久君と時間を一緒に過したのは私には貴重な経験でした。
 劇の旅公演とは大きく違う暖かさと厳しさと。こんなこと言わずに淡々と歌えるように早くなりたいな。(なれるかな)
 とにかく、今、「歌うこと」が好きでなりません。2月7日(火)は急に頼まれたマンダラライブ。
 お客さんは少ないかもしれないけど、「歌」います。

明日から長崎です 2006年01月27日(金)

 まず、大村行って知久君と合流。
 知久君の「326」って曲を大好きなブロックフレーテ(ま、要するにたてぶえ)で吹けるようになった私。
 音拾ってるうちに、この曲の特徴に気づいたりして、とても楽しかった。
 音楽を「CONPOSE」するって意味がうすうす感じられた。
 私はまだまだ、コンポーズするには至ってない・・てことも。
 でも、「326」を一緒に音楽するのを楽しみに。
 そして、長崎の人たちに会うのを楽しみに。

雪が降った。 2006年01月20日(金)

 買い物などは午前中に済ませ、家で思索の日にした。
 夜頭ががんがん(というかドクドク)痛くなった。
 気がつくと、我が家の暖房は「火鉢に炭」。
 これが一酸化炭素中毒なのだ……と思ってぞっとした。
 冬は気をつけましょうね。

京都は雪が降っていた。 2006年01月08日(日)

 豊田勇造さんに会いに新幹線に乗って。
 歌を歌い始めた私に、豊田勇造さんの歌を教えてくれた人と一緒に。
 豊田さんはいま、タイと日本を行き来しながら歌い続けている人だ。
 30年前はその張り詰めた歌う姿に誰も声がかけられなかったという。
 そんな昔をまるで知らない私が『ある朝高野の交差点近くをうさぎがとんだ』という曲に魅せられ
 その歌を自分で歌うようになったことが今回の京都行きのきっかけだった。
 もっと大きな会場でバンドでも歌う豊田さんだけど、
 ギター1本で歌う姿が見たくて「のん」を訪ねた。
 豊田さんは1人で歌ってるんではなかった。
 ギブソンJ-200と一緒に歌っていた。
 男の人が楽器を持っている姿に色気を感じたのは
昔N響で徳永次男がバイオリンを持ってる姿を見て以来だった。
 豊田さんは私が「うさぎがとんだ(略してごめんなさい)」を歌うことを快諾してくれた。
 しかもそこにいた色んな人に私を紹介してくれた。
 芥川の「蜘蛛の糸」を時々思い出す私にはとてもとても有難いことだった。
 今年中に豊田さんと一緒の舞台に立てますように……長岡天満宮にお参りして帰京した。

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